人生はサバイバル?①


みなさん、はじめまして。 
「人生のサバイバル導場 松江」の 指南役 まつえです。


書きたい言葉や想いが溢れすぎて、ついにブ
ログを始めることにしました︎︎︎︎✌︎︎︎✌︎︎︎︎︎✌︎︎︎︎︎✌︎︎︎✌︎︎︎︎︎✌︎

最初なのでなんで「人生のサバイバル導場」なのか?というところを書きたいと思います😊 

まぁ、これはとても長い話になるのだけど、端的に言うなら、私が生きてきたその過程全てがサバイバルだったということです😅なので、そこを何回かに分けて書いていきたいと思います。


あ、でも普通はそこから連想するとですね、「大自然のなかで育ったのか?」とか「命の危険がある場所で生活していたのか?」などと思われるかもしれないです。

でも私が育ったのは都内の下町で、雨風しのげる長屋です。近くに公園があったけれど、野生の動物がいたりとかはないし、普通の街です。

では、なんで「人生がサバイバル」なのかというと、それは、私が父から受けた教育方針にあります。 


父は「カントリーウォーカー」という職業で、歩く旅の大切さを世の中に広めることをしていました。多分(^_^;) (←ひとことで書くことができない想いがたくさんあるので、私ではうまく表現できず。)この職業は日本にいやおそらく世界に1人だと思われ、父がやると決めてはじめたことのようです。

そのため、物心ついた頃から歩く旅をしていて、思い出に強く残る記憶も父と2人で私の4才の誕生日に旅をしたことです。 それ以外も家族でどこかの山?に行き、頂上で地図を見てた事や、どこかの野道を歩いているとか。とにかく記憶に残るのは、旅してることが多いです。 休みの日は家にいたことがなく、国内外を歩いていたと思います。

で、普段は?というと、

まず環境から。 育ったのはアパートと長屋です。引越しをしているのは、アパートが取り壊しになったためで、近所にリヤカーで引越ししました😵😵

家の中は、まぁ雨風はしのげます。テレビなし、風呂なし、新聞なし。のナイナイづくしでした。

もちろん、車はないです。←しかし都市部なのでもってない人も多く、ここは特筆すべき点ではないかもですが(^_^;)

じゃあ、情報はどう取るか?というと、ラジオがあったのでラジオが多かったです。AMラジオをよく聞いていました。
お風呂は近くの銭湯に通ってました。住んでたアパートは基本風呂無しだったので、住んでる人はその銭湯に通っていたんだと思います。そして、ファミリーが多かったので、子供同士お互いの家に集まりよく遊んでました。

イメージでいうと、江戸時代の長屋みたいな感じでしょうか? アパートの貸主は隣に住んでいて私と同級生だったので、よく遊びました。アパートの住人同士は自然と助け合いながら生活してたと思います😊 

まだまだ先は長いのですが、今回はここまでです。少しづつ書けたらと思います。

また次回をお楽しみに~~~。



@まつえの世界

人としてどう生きるのか?「在り方」を常に考えながら生きてきました。 発達障害や心の病も経験し、どん底まで堕ちていたこともありました。そんな自分が心底嫌で、自分を大好きでありたいとおもっていろんなことを試した結果思うことを綴ってます。

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